この事例の依頼主
年齢・性別 非公開
相談者は,子どもの頃に実の母親が亡くなり,その後,相談者が15歳の時に父親が再婚したため,父親と後妻さんとともに生活し,後妻さんも相談者のことを可愛がり,相談者も後妻さんを母親として慕っていました。その後,相談者は結婚し,妻と子どもたち,父親と後妻さんとともに生活しており,孫は後妻さんをおばあちゃんとして慕っていました。父親が亡くなった後も,相談者夫婦は,後妻さんを相談者の母親として,子どもたちは祖母として,生活をともにしていました。しかし,その後,平成18年頃から,後妻さんは認知症を患うようになり,さらに,泌尿器の病気も患うようになってしまいました。相談者とその妻は,実の母と変わりなく,後妻さんの世話を続け,後妻さんを自宅で看病したり,入院させたり,手厚く介護しておりましたが,後妻さんは88歳で亡くなりました。なお,後妻さんと相談者は,養子縁組などの手続は行っておりませんでした。後妻さんは一定額の預貯金を残しており,相談者としては,実母と同様に,長年に渡り生活してきており,最期まで後妻さんの世話をしたことから,預貯金を自分が相続することができないかというご相談でした。なお,後妻さんには,後妻さんが亡くなった時点で,他に子どもはおりませんでしたが,存命の兄弟や亡くなってしまった兄弟のお子さんたちがおりました。
1相談者のように,事実上の親子として,いかに長年ともに生活し,老後の世話をしたとしても,他に相続人がいる限り,相続権は一切ありません。法律的な相続権は,本件においては,あくまで,相続人である兄弟姉妹や,兄弟姉妹が亡くなっている方については,そのお子さんが相続人となります。2最初に,相談者の方には,そのことを十分に納得していただいたうえ,相続人の方々に,相談者が,この間,後妻さんと実の親子と変わらない関係があったこと,老後の世話を親身に行ってきたことなどを理解していただき,一定の範囲で,兄弟姉妹の方々が相続した財産の一部を贈与してもらう以外の方法がないことを理解していただきました。但し,相談者の方は,後妻さんの長兄から,後妻さんの財産は,すべて相談者にあげると言われているとも述べていました。3しかし,そもそも,相談者には相続権がないので,相続人である兄弟姉妹やその子どもたちから拒否されれば,法的には,全く対抗することはできませんでした。そこで,最初に,相続人の方々に,正直に事実を書き,また,私の方で整理した相続財産についての預貯金の金融機関名,口座番号,残高などの一覧表を作成し,さらに,相続人は11名おりましたので,相続関係図なども作成して,相続人の方々が事実を正確に理解していただけるように,各相続人に対し,「ご通知書」を出させていただきました。その結果,相続財産の約1/4に相当する額を,相談者にお渡ししても良いとの回答を,相続人の方々から得ることができました。長兄が相談者に,前記のように述べていたことは事実のようでしたが,相続が実現する段階になり,息子や他の兄弟に猛反対されたようでした。4その後,具体的な手続としては,極めて煩雑な,金融機関からの金銭の受け取りなどを,私の方で一切責任をもって行い,相談者が取得できる分を差し引いたうえ,私が各相続人に,相続分に応じて配分する手続を全て行うという了解を得ました。そのため,相続人の方々から,それぞれ,相談者に相続分を譲渡したうえで,相続人の代理人である私の方で出金して,相続人に返還する内容の「合意書」をいただきました。そのうえで,「相続分譲渡合意書」を作成し,各相続人の方々の相続分を全て相談者の方に譲渡してもらい,相談者の代理人として,私の方で,出金の手続一切を行い,相談者の取得分を差し引いたうえで,各相続人に適正に配分して,返金するという手続をとりました(私が相続人の代理人になることは,利益相反行為になるために,このような手続としました。)。5相談者の方は,少なくとも,相続財産の1/2程度は取得したいと希望していましたが,この件は,相続人の方々が,仮にどのような事情があろうとも,相談者には相続権はないのですから,相続人の方々が,相談者に対して,一銭も渡す必要がないと強く主張すれば,相談者は一銭も取得することができませんでした。6相続人の方々も,11名おり,相続に伴う煩雑な手続を自分たちで行うことは大変だという思いもあり,相談者と後妻さんとの深い繋がりも理解されて,私の提案した処理方法に同意していただけたものと思っています。
私も,長年,弁護士として,相続事件を担当してきましたが,通常は,相続権があることを前提に,相続財産をどのように分けるかという事件がほとんどです。この事件のように,相続権が全くない中で,相続人に対してお願いして,相続財産を分けてもらうというようなことは初めてでした。そのため,相談者から最初にご相談を受けた時は,相続権がないのでお受けすることはできないとお断りしました。しかし,相談者の方が,後妻さんの事情をよく知っている,後妻さんの長兄が,妹の財産は全て相談者にあげてもよいと言っているというようなお話だったため,お受けすることにしました。しかし,蓋を開けてみると,相続人は11名おり,相続人の方々も,事実を知れば相続財産の全てを相続権のない相談者に渡すということにはならなかったため(当然のことと思いますが),相続人の方々の理解を得るのは,大変苦労がありました。しかし,相続財産の一部を,相談者の方が戴くことができたのは,事実を正直に相続人の方々にお伝えしたことから,相続人の方々に信頼して戴いたことによるものと思っています。